趙の三大天一覧|新旧6人の実力と史実での最期
この記事の結論
- 三大天は史実に存在しない称号だが、6人全員が実在の人物
- 常に3人揃う制度ではなく、空位が長く続いた時期がある
- 旧三大天で唯一、廉頗だけが存命。楚へ移ったまま消息が描かれない
趙の三大天について、まず知っておくと読み方が変わる事実がある。三大天という制度は史実に存在しない。
秦の六大将軍と同じく、原泰久による作品オリジナルの設定だ。ただし三大天に名を連ねる6人は、全員が史実に実在した人物である。
この記事では新旧6人を一覧で整理し、それぞれの現在と史実での顛末までまとめる。※原作の最新展開に触れる。
三大天とは何か
趙国の将軍の最高位を示す称号だ。秦の六大将軍と対をなす格付けで、両者は互角の存在として描かれる。
特徴的なのが大天旗。三大天が率いる軍にはこの旗が掲げられ、旗が立つだけで趙軍の士気が跳ね上がる。逆に敵国の兵にとっては強烈な威圧になる。王騎がその効果を説明する場面がある。
注意したいのは、常に3人揃っている制度ではないこと。廉頗が趙を去ったあとは適任者がおらず、長く空位が続いた。この期間、趙の武威は目に見えて衰えている。
三大天 新旧6人の一覧
| 世代 | 名前 | 特徴 | 現在 |
|---|---|---|---|
| 旧 | 廉頗(れんぱ) | 圧倒的な武と将としての格 | 存命。楚へ移り舞台から退場 |
| 旧 | 藺相如(りんしょうじょ) | 趙の全盛期を支えた | 故人(病死) |
| 旧 | 趙奢(ちょうしゃ) | 秦を破った名将 | 故人 |
| 新 | 李牧(りぼく) | 知略。趙の実質的な支柱 | 健在。邯鄲防衛の総指揮 |
| 新 | 龐煖(ほうけん) | 「武神」を自称する超人 | 戦死。信に討たれた |
| 新 | 司馬尚(しばしょう) | 武・知略ともに最高クラス | 三大天に就任済み |
旧三大天——趙の全盛期を支えた世代
廉頗は旧三大天で唯一の存命者だ。趙王に大将職を解かれたことで趙を出奔し、魏へ亡命。魏の大将軍として山陽の戦いで秦軍と激突した。その後、敗戦の責任を負う形で魏を追われ、楚へ移っている。
史実の廉頗も、趙を出奔して魏の大梁へ、のちに楚へ移って没している。作中の流れは史実にほぼ沿っている。
藺相如は作中では既に病没している。ただし史実の藺相如は主に文官・外交官で、「完璧」や「刎頸の交わり」の逸話で知られる人物だ。将軍としての事績は限られており、武の最高位3人の一角として描くのは作品側の再解釈にあたる。
趙奢も物語開始時点で故人。史実では閼与の戦いで秦軍を破った名将で、長平で大敗した趙括の父としても知られる。
新三大天——李牧が集めた3人
新体制はまず李牧の任命から始まった。そして李牧自身が残りの人選を主導している。
李牧は武よりも知略の人だ。合従軍を率いて秦を追い詰め、その後も一貫して秦にとって最大の障害であり続けている。鄴の敗戦後に責任を問われて失脚・幽閉されたが、後に復帰した。最新の展開でも健在で、邯鄲防衛の総指揮を執っている。
龐煖は「武神」を自称する超人的な武の持ち主。王騎将軍を討った男であり、信にとって最大の宿敵だった。朱海平原の戦いで信に討たれ戦死している。
ちなみに史実の龐煖はまったく印象が違う。燕の名将・劇辛を破った記録はあるが、兵法や思想に通じた知的な将として記されている。「武神」という造形は作品の演出だ。活動年代から見て高齢すぎるという指摘もある。
司馬尚は青歌城の城主で、趙に滅ぼされた中山国の王族の末裔にあたる。当初は邯鄲の中央政界を嫌い、仮病を口実に三大天就任を断っていた。
転機は番吾の戦いだ。中央突破を敢行して秦の猛将を破り、王翦の本陣に突入して撤退させた。この戦功をもって正式に三大天へ就任し、ようやく3枠が埋まった。李牧や王翦のような後方指揮型ではなく、自ら最前線で戦って味方の士気を上げる武闘派である点が際立っている。
史実ではどうなったのか
三大天という称号こそ創作だが、6人の顛末は史実に記録がある。
李牧の最期はよく知られている。秦の反間の計——趙王と李牧の関係を裂く離間工作——によって処刑された。趙が滅びる直前のことだ。原作はまだこの時点に到達していないが、秦側が李牧を討つ方針を固め、離間策を進めている描写は既に始まっている。
司馬尚については記録が驚くほど少ない。李牧が処刑された際に彼も将から退けられた、と記されているのみで、その後の消息は不明のままだ。
よくある誤解
「三大天は史実の官職」は誤り。 作品オリジナルの設定だ。
「常に3人揃っている」も誤り。 空位期間が長くあり、李牧と龐煖の2人だけの時期もあった。
「旧三大天は全員故人」も誤り。 廉頗は存命で、作中に死亡描写はない。楚へ移った後の動向が描かれていないだけだ。
「李牧はもう死んだ」も誤り。 最新の展開でも健在で、邯鄲防衛の指揮を執っている。
まとめ
旧三大天が趙の全盛期を象徴し、新三大天が滅亡へ向かう趙を支えている——この対比が三大天という設定の面白さだと思う。
そして史実を知っていると、李牧の最期がどう描かれるのかが最大の見どころになる。処刑される運命が決まっている名将を、作品がどう送り出すのか。※進行中の展開なので、動きがあり次第この記事も更新する。
よくある質問
趙の三大天は誰ですか?
旧三大天は廉頗・藺相如・趙奢の3人、新三大天は李牧・龐煖・司馬尚の3人です。このうち龐煖は朱海平原の戦いで信に討たれ戦死しています。
三大天は史実に存在するのですか?
称号としては存在しません。秦の六大将軍と同じく作品オリジナルの設定です。ただし6人はいずれも史実に実在した人物で、廉頗や李牧の顛末は史実に沿って描かれています。
廉頗は今どうしているのですか?
趙を出奔して魏の大将軍となり、山陽の戦いの後は楚へ移りました。作中に死亡描写はなく存命ですが、その後の動向はほとんど描かれていません。史実でも楚で没しています。


